Mon

10

Nov

2014

Beauty

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Tue

11

Feb

2014

Internet

インターネットがなかったころ、彼女との連絡の僕の唯一の手段はNTTの伝言サービスだった。お互いが8桁の暗号を入力してお互いの声を聞くというサービス。でもたぶん誰も利用していなかった。僕が結構先進性があったんだなーきっと。

 

MS-Dos

Niftyバン

Windows 3.1

Windows XP

Ubuntu

Windows 7

iPhone/iPad →今ココ

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Wed

05

Feb

2014

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Jimdo→今ここ

 

JimdoはGmbHだ。つまりドイツの企業。GmbHは有限会社の略称だ。ドイツ語では名詞は大文字から書き始めるから、GとHが大文字になっている。Wikiを見ると本社はハンブルグにあると書いてあった。ドイツでも名だたる大きな会社でも株式会社ではなく有限会社の場合が多い。ドイツ人はきっちりしてるからね。言い換えると頭が固い。よく言えばまじめ&ロジカル。

 

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Mon

03

Feb

2014

Writers High

Runners Highという言葉があるが、これは物語を書くという作業をする場合も同じ現象があるのではないかと思う。ランナーズ・ハイの語義を調べると「マラソンなどで長時間走り続けると気分が高揚してくる作用」と書いてある。であれば「物語等の創作活動を長時間していると気分が高揚してくる作用」と置き換えてもよいではないか。そしてこれを僕はWriters High「ライターズ・ハイ」と命名したい。

 

ただし、その現象はいきなり最初から始まるものではない。僕はランナーズ・ハイをついぞ経験したことはないけれど、昨日、物語を書くという作業をしていた時、ある一定の時間を越えたあたりから,それこそ文字通り寝食を忘れて没頭する自分に気づいた。いわゆる「乗ってきた」状態だ。すらすらと頭の中に次のシーン、次の次のシーンがぽんぽん頭に浮かんでくる状態。それは道の「途中」で突然訪れる。

 

新しい物事は「始めるとき」が一番しんどい。だから、スタート時点でのランナーズハイもあり得ない。ところが、方針が決まり、概要も決まり、マイルストーン的なものも決めてしまうと、勝手に筆が進み出す瞬間がある。頭脳はフル活動し、どんどん新しいアイデアが生まれる。斬新な様々な情報の組み合わせも、今まで気づかなかった組み合わせもポッと頭に浮かぶ。このとき、身体は疲れを知らない。夜通しだって平気。一気に坂をかけあがるがごとく,一気に作品を仕上げたりできるのだ。

 

作品の質はさておき、今まで2ヶ月あまり物語の骨子も決まらず、うんうん唸っていたのが嘘のように、昨晩はキーボードが弾んだのだ。これこそライターズ・ハイ。りーガル・ハイではない。

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Fri

31

Jan

2014

can-do

 「やればできる」とはいうけれど、多くの人は挫折し、あきらめ、放置し、そんなこともあったのだねと、いつしかその事実さえ忘れ去っていく。言い訳を創り、「やってもできないものがある」と悟る。(悟った振りをする)

 

 小保方晴子さんはちょっと違った。彼女はあきらめなかった。できないと言われても自分を信じ続けた。他人から言われてすぐにやめてしまう僕とは月とスッポンだ。彼女はできないと言われたことをやってのけた。拍手を送りたい、と同時にここでも日本人の誇りを感じた。

 

 成功の道は意外と身近にあるだとも改めて思った。

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Thu

30

Jan

2014

Creating Stories

 書くこと、それにはテクニカルなスキルが必要だ。感情的な勢いだけではだめなことがわかってきた。今までは、ただ湧き上がってくる言葉を並べるだけで書けるものだと思い込んでいたが、それはどうやら違うようだ。より多くの人達とシェアするためには、スキルという形式要素が必要なのだ。

 

 そのスキルの内訳は形式50%+感覚50%が適当ではないか?そして私に不足しているのは形式だ。読みやすさは形式に拠るところが大きいからだ。読みやすさがシェアを広げるキーワード。

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Tue

28

Jan

2014

鉋(かんな)を英語ではplaneと言う。材木の表面を削る様が、まるで飛行機が滑走路から飛び立つ様に似ているからだろうか?

 

ところで、同じ鉋でもヨーロッパと日本とでは使い方が違うということを、先日のテレビ番組で知った。場所が違えばやり方が違うのは当たり前だが、鉋の使い方の違いがとても象徴的だった。

 

その番組のシチュエーションはこうだ。パリに住む日本人とフランス人のご夫婦の5人家族からの依頼で、引越し先であるモンマルトルにある築100年以上のアパルトメントの一室をリフォームするというもの。日本からは建築士である匠・坂田さんと一級の腕前の家具職人・松山さんが渡欧した。現地の大工さんと共同作業するのだ。

 

番組のワン・シーンに日仏両国の家具職人が対面する場面があった。松山さんは日本から持参した自分の鉋を使って材木をすーっと削る。するととても薄くて、しかも途切れていない一つなぎになった「かんなくず」が出る。それを手にしたフランス人の家具職人は驚いた。彼らの鉋では細切れのいろんな厚みのかんなくずが出るばかりだ。そして、削り面を触って再び驚いた。「これだけで、仕上がっている」

 

ヨーロッパの鉋は「押して削る」に対して、日本の鉋は「引いて削る」。これは文化の相違に似ている。言語構造の違いと同じだ。つまり、自分から発信して周りへと進む欧米語パラグラフ感に対して、日本は周りから述べていき最後に核心にたどり着く日本語文章構成感との違いだ。自己を中心にして外へ向かうのがフランス語なら、一番遠い場所から渦を巻きながら自己に近づいていくのが日本語だ。

 

フランス人の家具職人は自分にもやらせろと、日本の鉋で材木を引いてみた。しかし、全く削れない。くずが出てこない。力を入れて削ろうとするが、松山さんにとがめられる。「力じゃないんだ」「戻さず一気に」…試行錯誤の結果、最期にはなんとか皮一枚の薄いかんなくずが出た。フランス人の家具職人は嬉しそうに「この技を習得して家具の値段を上げよう」と言った。

 

僕は日本が誇らしいと思った。家具職人ではないけれど、なんか自慢げな心持になって気持ちよかった。日本ていいなと思った瞬間だった。

 

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Tue

28

Jan

2014

My remaining hours

人生の残り時間を考える。明らかに折り返し地点は過ぎている僕は自然と死を意識する。幼いころにおびえた死の影は、今は明るい。どうやって最期を迎えるかを今の流行りのテレビドラマを語るのと同じ次元で語ることができる。老いるということはそういうことだ。

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Mon

27

Jan

2014

My first post

再起動。すべての過去を流し去り、新しい息吹がスタートする瞬間。ここに書いていこう。思いのほどを。

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Cocorog

 What is cocorog? This is a place of my words. What people say is alive. It lives long, breathes, grows, laughs, cries, gets old, loses its luster or become more and more brilliant. After that it dies or vanishes. I think it so. Here I freely speak anything which come upon my mind ,

Philosophy

Thank you for visiting me. Please take time and enjoy. If you have something you want to share, please share it. If you have something I inspire, please let me know. I am happy to have your sharings. Thank you again. 


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